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El fotógrafo de Mauthausen マウトハウゼンの写真家

スペイン映画 (2018)

実話に基づいたナチス収容所の映画。主役は、スペインのバルセロナ生まれのフランチェル・ボシェ(Francesc Boix、1920-51)〔いろいろな、カタカナ表記が見られるが、映画のフランチェル役のマリオ・カサスの発音に従った〕彼の生家のドアの横には、1枚のプレートが貼ってある(右の写真)。そこには、名前と生没年の下に、「フランチェル・ボシェ・カンポ、写真家、ファシズムに対する戦士、マウトハウゼンの囚人、そして、ナチス・ドイツの指導者に対するニュルンベルク裁判で証人と呼ばれた唯一のスペイン人」と書かれている。フランチェルがナチスの残虐性を暴いた勇気ある行動に対する顕彰は、この小さなプレート1枚のみ。彼は、映画の中で出てきた紙ファイル1つに入ったネガだけではなく、実際には、2万枚分の写真とネガを盗み出し、採石場に “出勤” する仲間に毎日のように持たせて収容所から持ち出し、映画にも登場するアナ・ポイントナー(Anne Pointner)の家に隠してもらった。これらの膨大な写真は、①収容所の残虐性を示すだけでなく(右の写真は、アメリカ合衆国ホロコースト記念博物館に収蔵されているフランチェル・ボシェの写真の1枚)、②そこを視察に訪れたヒムラーなどの高官が収容所の残虐性を認識していた証拠として大きな役割を果たした(右下の小さな写真は、ニュルンベルク裁判の場でのフランチェル・ボシェ)。映画は、マル・タルガローナという女性監督により、Netflixのオリジナル映画として、スペインでは2018年10月26日から、日本を含む全世界では2019年2月22日からネット上で公開された。残念なことに、ドイツ語字幕には、ドイツ語の部分はカットされていて、ナチスが何を話したか正確に把握する手段はない。ここでは、英語字幕とスペイン語字幕を併用した。

映画は、最初に、フランチェル・ボシェ本人ではなく、マウトハウゼンの強制収容所に連れて来られた14歳のアンセルモ少年を待っていた悲惨な運命の描写から始まり、アンセルモが媒体となってフランチェルの紹介へと移る。その後、映画は、フランチェルの目を通して収容所の残虐性を描き、彼が所属する “収容所の出来事を記録保存する部門” に集積された写真の重要性を示す。ナチスは、戦況の悪化とともに、収容所での行為が戦争犯罪に問われることを怖れ、写真の破棄を命じるが、フランチェルは、その一部を何とか隠し、後世に伝えようとする。そして、収容所長の息子の誕生会が開催された時、記念写真の撮影を命じられたフランチェルは、その機会を利用してアンセルモ少年を、地元の企業家の採石場で働かせてもらえるようにし、貴重なネガの重要部分を彼に託す。連合軍が勝ち、収容所が解放されると、フランチェルはアンセルモのネガを保管していたポイントナー夫人から、貴重な写真を回収する。実話では、フランチェルとポイントナーしか登場しないが、そこにアンセルモを登場させ、ナチスの少年(所長の息子)の残虐さを示すとともに、ポイントナーとの結びつきを分かりやすく変えている。

アンセルモ・ガルバン役のアドリア・サラサール(Adrià Salazar)は2003年生まれ。撮影は2017年の10-12月に行われたので、撮影時14歳。これ以前には、TVシリーズとTV映画に早くから出ている。この映画では、最初のワン・カット以外は、丸坊主なので、まるで別人のようだ。

あらすじ

スペインの独裁者フランコの軍に敗れた人民戦線のメンバーは、スペイン国籍を剥奪され、一部の者はナチスに捕らえられ、オーストリアにあるマウトハウゼン強制収容所に連れて来られた。映画の冒頭では、雪の上を、右足の膝から下を失って松葉杖をつく父親を庇いながら、収容所に入って行くアンセルモが映る(1枚目の写真)。持ってきた荷物をすべて奪われた人々は、時計の指輪ような貴重品だけでなく、皮靴や入れ歯に至るまですべて提出させられる。カポ〔Kapo〕と呼ばれる補助看守〔初期にマウトハウゼンに収監されたドイツ人の犯罪者の中から選ばれた荒くれ者〕は、気に入ったものがあれば、勝手に盗んでいく。その後、アンセルモを含め、全員が服を脱がされ、極寒の中で髪を切られて丸坊主にされる(2枚目の写真)。そして、全員が雪の積もった外に出され、“マウトハウゼンの目” という異名を持つ記録管理の責任者リッケンの趣味で、カメラの被写体にされる(3枚目の写真、矢印はアンセルモ、その右が父)。

その時、門が開き、メルセデス170 Vに乗った収容所長の少佐がやって来る〔襟章の「4つの◇、線なし」は 少佐〕。少佐の指示で部下が “役に立たなさそうな老人やけが人” を選んで前に出させる。アンセルモは父と引き離されて動転する(1枚目の写真)。全員が窓のないバンに乗る時、囚人服を渡されるが、その担当の囚人は、ハーモニカをこっそりアンセルモの父親に渡す〔元々、父親が持っていたものであろう〕。アンセルモは、囚人服を着ることを許された後、記録用の写真を撮る部屋に入る。そこの責任者リッケンの下には2人の囚人がサポート役として働いている。そのうちの1人が、この映画の主人公フランチェル・ボシェ。彼は、子供の囚人を哀れに思い、撮影用のイスに座ったアンセルモに、「それほど悪くないだろ? 俺は、何とかやってる」と元気づける。アンセルモが、囚人服に開いた穴を気にしていると、針と糸を持って近づいて行き、「脱走を図らなきゃ、悪いことは起きない。俺たちは戦争の捕虜だ。奴らに手出しはできない」と付け加える。アンセルモは、「父さんが連れてかれた」と訴える(2枚目の写真)。「黒いバンでか?」。アンセルモは頷く。フランチェルは、穴を縫い始める。「注意を怠るな。ここじゃ、君のことなど、誰も心配してくれない」。その時、時間がかかり過ぎるので、フランチェルの先任の囚人バルブエナがガラス扉をドンドンと叩く。「ここには、いろんな奴らがいる。ポーランド人、ロシア人、犯罪者、政治屋〔共産党員〕、ドイツ人、オーストリア人、それに、ユダヤ人だ。俺たちスペイン人が、最初にここに来た」。ここで、自分の胸にある逆三角形のくすんだ青の印を見せる。真ん中には「S」の字がある〔スペイン人の囚人の意味〕。縫い終わると、バルブエナが部屋に入ってくる。アンセルモは、改めて、「父さんは、どこに連れてかれたの?」と訊く。「心配するな、ここから5キロ先にあるグーゼンに連れてかれただけだ。父さんは元気にしてるだろう。本当に、ここにいるよりいいんだ。グーゼンは、診療所みたいな所だ。診療所で誰が働いてるか分かるだろ?」。「誰?」。「看護婦さ。父さんは、すごくラッキーだったんだ」。こう、嘘を並べてアンセルモを安心させると、フランチェルは自ら名乗り、握手の手を差し出す。アンセルモも、「アンセルモ・ガルバン」とフルネームを言う。フランチェルは、その名前を小さな黒板に書くと、アンセルモに持たせる(3枚目の写真)。そして、記録用の写真を撮る。アンセルモが出て行った後、バルブエナは、「なぜ、あの子に嘘を付いた?」とフランチェルに尋ねる。「グーゼンから、生きて戻った奴は誰もいない」。「希望を失ったら、あの子は、5分と生きていられないからさ」。「なんでお前に分かる? ここに来て、まだ2ヶ月じゃないか」。そう言うと、1枚の紙を渡す。一番上には、フランチェルには理解できないドイツ語が書かれている。「Nach un Nebel(夜と霧)」。この「夜と霧」とは、1941年12月7日に出された総統命令のこと。ヒトラーが、ワーグナーの『ラインの黄金』から引用したもの。実際、SSに目をつけられた収監者は、「夜霧のごとく」跡形も無く消え去ったと言われる。

翌朝、フランチェルとバルブエナは、フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)に リッケンと一緒に乗せられ、収容所の門から外に出ていく(1枚目の写真)〔ビートルが軍用に納車されるのは1941年以降〕。封鎖された道路から、撮影機材を持って森に入って行く。途中で現場に案内していく中尉〔襟章の「3つの◇、1本線」は中尉〕が、リッケンに、「少佐〔英語字幕はStandartenführer(大佐)になっているが、襟章は少佐だし、歴史的にも所長のFranz Ziereisは少佐(1944年に大佐に昇進/映画の中でヒムラーが視察に訪れるが、それは1941年4月なので、大佐にはなっていない)〕には、囚人がやせ細り、極度に衰弱していたと伝えろ」と言う。この場面で、リッケンの襟章が映るが、それは「3つの◇、線なし」なので、少尉に該当する。雪の森の中に、死体が散乱している。「奴らは逃走を図り、射殺された」(2枚目の写真)。少尉は、フランチェルに、撮影用の照明を立てる位置を指示する。仕事を終えたフランチェルは1人の死体に注目する。膝から下がなくなっていたからだ。リッケンが、全裸の囚人を撮影していた時、その場にフランチェルはいなかったので、死体がアンセルモの父だとは分からないハズだ。しかし、フランチェルは、なぜかその死体に着目する。その夜、記録管理室に戻ったフランチェルは、写真を見ながら、「彼らは逃げようとしたんじゃない。前から撃たれている」〔逃げているなら、撃たれるのは背後から〕とバルブエナに話しかけ、さらに、過去の資料を持ち出し、「同じ人なのに、囚人番号が違っている」と指摘するが、事なかれ主義で、囚人として穏便に生きることしか考えないバルブエナは、変なことを考えずに事務部門に持って行けとしか言わない。

フランチェルは、事務部門に行く途中で、屋外で体操をさせられている囚人の一団の中にいるアンセルモの脇を通り、お互いに目が合う(1枚目の写真)。フランチェルは、そこの担当囚人に、今朝撮った写真と、記録簿の両方を見せ、射殺された囚人の胸の番号と、記録簿の番号が違っていることを指摘する(2枚目の写真)。「囚人服を交換したんだろう。単なる間違いだ。修正しておく」。フランチェルは、もっと他にも間違い例を取り出して見せる。担当囚人は共産党員で、「夜と霧」の命令が出てから彼が行ってきた複雑な操作について説明する。その一例は、マドリッド出身のプロのダンサーで共産党員の29歳のCristóbal Rosalesを救うため、重症の結核で死が迫っている33歳のJosé Pinoの囚人服と取り換え、José Pinoに成りすまさせたというもの。しかし、その先は、映画を観ていても理解できない ⇒ Cristóbal Rosalesの囚人服を着たJosé Pinoが死ぬと、死亡報告が事務部門に届く。その場合、Cristóbal Rosalesの記録簿に「死亡」のスタンプでも押して一件落着かと思うのだが ⇒ 映画では、José Pinoの囚人服を着たCristóbal Rosalesが、“記録簿の記載ミス” という理由で事務部門に呼ばれる。死亡したのはCristóbal Rosalesとされているのに、何がミスなのだろう? おまけに、呼ばれた “José Pino” は、責任者の中尉により、「SSはミスを犯さない」との理由で、その場で撃ち殺される。その少し前の話では、「公式には、もう死んでいる」「遺族には死亡通知がされた」「間違いでしたとお詫びの手紙でも」という言葉もあり、この死亡通知がJosé Pinoに出されたことは確か。それだと、囚人服を交換した意味がないし、Cristóbal Rosalesを救ったことにもならない。映画のこの部分は実話ではないと思うので、ナチスの残忍さを表現するために付け加えたエピソードだろうが、論理的に矛盾しているのはみっともない。この部分で、聞いていて寒気がする台詞は、「マウトハウゼンには35の殺し方がある。ガス室、薬物注射〔2000人が神経破壊薬フェノールの注射で死亡した〕、犬に引き裂かせる、真冬の冷水シャワー〔3000人が、低体温症で死亡した〕。何と言っても最悪なのは、死の階段での疲労死だ」の言葉の後に、映像として示される採石場にある階段(1枚目の写真)〔資料によれば囚人は約50キロの重さの花崗岩の石塊を背負い、186段の石段を一列になって運び上げることを強要された。1人が気を失って転倒すれば、その下にいる囚人は連鎖的に階段から転落死する〕

次に挿入されるのが、夜の食事のシーン。アンセルモが列の先頭に並んでいるのを見たフランチェルは(1枚目の写真)、アンセルモが金属の椀を差し出し、給仕係の囚人が杓子で汁を入れようとした時、アンセルモの服をつかんで引き戻す。そして、「列の最初に並んでも、もらえるのは濁った汁だけだ。最後に並ぶと、小さなかけらしかない。だから、ここに並ぶんだ」と言い、列の途中に割り込む。アンセルモは、「グーゼンは、恐ろしい採石場だって言われたよ」と、昨日のフランチェルの言葉に疑問視を投げかける。「仮病をしないよう、そう言ってるだけさ」〔“仮病を装ってグーゼンの病院に行こうとする者をためらわせる” という意味。前に付いた嘘の上塗り〕。ここで、アンセルモが金属の椀を出すと、中には、ソーセージの1カケを入れてもらえる(2枚目の写真)。フランチェルは、係に感謝のウィンクをして、アンセルモの後について行く。そして、一緒に座ると、アンセルモの父がバンに乗る時渡されたハーモニカを、アンセルモに「お父さんからだ」と言って、プレゼントする(3枚目の写真)〔フランチェルは、父親の死体を探(さぐ)ったのだろうか? 彼は、父親がハーモニカをもらったところは見ていない。どうして、アンセルモに渡すことにしたのだろう?〕。「父さんに会ったの?」。フランチェルは頷く。「診療所で?」。再度頷く。

その夜、フランチェルが暗室の中で作業している時、棚の上に置かれていた「ネガフィルムを入れる紙のファイル」を見つける(1枚目の写真)。中のフィルムには、リッケン少尉が撮影した収容所内で行われた残虐行為の数々が写されている。フランチェルは、将来、自分が解放された時、戦争犯罪の重要証拠になると確信し、その紙ファイルを、キャビネットの一番下の引き出しの奥の空間に押し込む(2枚目の写真、矢印)。映画のこの部分までは、アンセルモの到着から2日目までだが、ここから先は、「いつ」かが不明になる。次のシーンでは、届いたばかりのガストラックを見分した少佐が、「真っ暗だと囚人がパニックになるのを見てきた」と言い、中に照明器具を付けるよう部下の中尉に命じる。「その他は、問題ないな。数分で終わる。素早く、効果的で、衛生的だ」〔所長のFranz Ziereis は、8年間の小学校教育を受けると、倉庫の使い走り少年となり、18歳でヴァイマル共和国軍に入り(12年契約)、契約期間が終わるとナチ党に入る。無学・無教養の人間は、時として、ためらいなく残虐行為に走ることがある〕。リッケン少尉により、いつも通り全裸の集合写真を撮られた14名は、そのままガストラックに入れられる。どうせすぐ死ぬのだからと、囚人服すら渡されない(3枚目の写真)。次の場面は、前に少し触れたヒムラーの視察。この日は、1941年4月27日なので、これで映画の時点が確定する〔すると、奇妙なことが起きる。それは、このシーンより前に出てきた「夜と霧」の総統命令が出されたのは1941年12月7日なので、時間が逆転し、明らかに矛盾する。「夜と霧」に関する部分は、前に指摘したように “映画のための演出” 的なシーンなので、すべては、下手な演出と捉えるべきであろう〕

この訪問の次の場面では、収容所の兵士全員にアナウンスがあり 非常招集がかかる。何事かと思いつつフランチェルが囚人舎の中の倉庫からラジオの音が聞こえる。無論、囚人がラジオを持つことは禁じられているので、銅線を巻き付けて作った手製の受信装置だ。そこで流れてきたのは、ドイツ語の放送で、ドイツ第6軍の全滅を告げるもの〔この内容の放送の正確な日付は特定できないが、1943年1月30日、ベルリンのドイツ航空省(RLM)の名誉室(Ehrensaal)からドイツ国民に声明が出され、2月3日には国防軍最高司令部(OKW)から、Paulus大将が率いる第6軍が共産主義者に敗北したことをラジオで告げている〕〔第二次大戦の転換点となったスターリングラードの戦いでは、ソ連軍約170万人とドイツ軍、プラス、ルーマニア・イタリア・ハンガリーの同盟軍約85万人が戦い、ソ連兵約50万人が死亡、ドイツ兵約15万人が死亡、11万人弱が捕虜となった(生還者6000人)〕。このことから、ヒムラーの視察と、その直後のこのシーンの間には、1年9ヶ月の歳月が流れたことになるが、映画では、そうしたことは一切分からない。歴史に詳しければ別だが、観客には不親切な脚色で、「せめて1年9ヶ月後」と表示があってしかるべきであろう。そのニュースを聞いた囚人たちは、ナチスが大敗したことを 抱き合って喜ぶ。収容所の所長は、万一のことを考え、囚人虐待の証拠となる写真の焼却をリッケン少尉に命じ、少尉はフランチェルとバルブエナに命じる。バルブエラはキャビネットに入っている紙ファイルをすべて取り出した後、引き出しを閉めようとするが、引っかかって閉まらない。そこで、引き出し全体を抜き抜いてみると、引き出しの奥には、以前、フランチェルが隠した紙ファイルが残っていた(2枚目の写真、矢印)。バルブエラが、それを、“焼却する方の山” に置こうとすると、フランチェルが奪い返し、中に入っていたフィルムを囚人服の中に入れ始める。「何をする気だ?」。「奴らがやったことの証拠を燃やしちゃダメだ」。「もし、リッケンに見つかったら…」。「その時は、お前がしゃべったって分かる。党が裏切り者をどうするか知ってるか?」。ここで、フランチェルはバルブエラの睾丸を思い切り握る。「キンタマを切り取って、中が空になるまで放置するんだ〔Les cortan los huevos y esperan a que se vacíen enteros〕」。この脅しで、2人の上下関係は逆転する。2人は、焼却する写真類を乗せたカートを、死体焼却場まで押して行き、焼却炉の1つに投げ入れる(3枚目の写真)。こうして、フランチェルが隠した証拠写真以外は、すべて燃えてなくなった。

フランチェルは、さっそく事務部門の共産党員に相談する。最初の返事は、「我々は命を救う。写真じゃない」というものだったが、フランチェルは、「写真を、何ヶ所かに分けて隠さないと」と主張する。「どうやって? 見つかったら、その場で射殺だ」。「なら結構。あんたには頼まん。党員は他にもいる」。「信用できる奴が要るぞ」。フランチェルは、信用できると聞いた男たちを、トイレに集める。写真の隠蔽に命を賭すことをためらう男たちに対し、フランチェルは、この収容所でのナチスの行為は、「法の裁きに値しないのか?」と訴えかける。「殺された同志たちや、ヒムラーの視察の写真がある。奴らを告発する証拠になる。こんなことをされて、全部忘れるつもりか?」(1枚目の写真)。その後のシーンは、賛同した協力者のいろいろな隠し方を紹介する。そのうちの1つが、腕に巻き付ける(2枚目の写真)。もう1つは、布にくるんで、隙間に押し込む(3枚目の写真、矢印)。

ある日、フランチェルがリッケン少尉と一緒に歩いていた時、1台の小型トラックの前を通りかかる。そこには、荷台に8名の囚人が乗せられていた。それを見たフランチェルは、「彼らはどこに連れていかれるのです?」と少尉に訊く。フランチェルを気に入っている少尉は、「あの人は、ポーシャーハーさんだ。ご自分の採石場を持っておられる」〔後半は、スペイン語〕。ポーシャーハーは、所長に握手の手を差し出すが、SSは握手などしない(1枚目の写真)。「ラッキーな奴らだ。ここにいるより、ずっと楽だからな」。これは、フランチェルにとって重要な情報だった。その後、日数の経過は分からないが、囚人全員が外に出され、布1枚を与えられただけの裸にされる。それを、リッケン少尉がカメラに収めている(2枚目の写真)。目的は、囚人の入れられている小屋の消毒(3枚目の写真)。フランチェルの小屋に防毒マスクをつけたドイツ兵が入って作業をしていた時、補助看守の1人が、二段ベッドの上にあった酒ビンを見つける。監視役の中尉に、「何を持ってる?」と問責された看守は、驚いて酒ビンを床に落とす。すると、酒は、床の中に吸い込まれていった。不審に思った看守頭が床に設けられた隠し穴を開けると、中には、バルブエナの家族の写真と一緒に、手製のラジオも発見された〔フランチェルが、隠し穴を見つけて入れておいた〕。お陰で、何の罪もないバルブエナは、裸のままどこかに連行されていった。

次のシーンは、映画では15分ほど先〔その間、ほとんどが、囚人による、囚人向けの演劇会〕。ポーシャーハー邸の庭園で、収容所長の息子の10歳の誕生会が行われている。給仕として手伝っているのは、ポーシャーハーの採石場で働いている元・囚人達だが、中にアンセルモがいる(1枚目の写真)〔子供の誕生日なので、収容所の囚人なのに子供だから入れた?〕。そこに、フランチェルが連れて来られる。人物写真の腕を買われての所長からの命令だ。フランチェルが撮影の準備をしていると、所長の声が聞こえてくる。相手は、ポーシャーハーだ。「あなたの 情にもろいやり方は 感心できませんな、ポーシャーハーさん。今は、戦争中なんですぞ」。「もちろん、そんなことは致しません。待遇が少し良ければ、よく働くと思いましたので。ベリルンに逆らうつもりは毛頭ありません」。三脚上に置いたカメラから離れたフランチェルは、2家族の配置を微妙に変え、下を向かずに 笑顔をみせるよう身振りで示し、シャッターを押す(2枚目の写真)〔所長の襟章が少佐から大佐(オークの葉1枚)に変わっている。彼が大佐になったのは1944年4月20日ので、この日はそれ以後〕。その後、大佐と別れたポーシャーハーに寄って行くと、「あなたの家族、写真写り、とてもいい。もう1枚撮ってもいい? あなたたちだけ」と話しかける。本質的に気のいいポーシャーハーは、喜んで家族に声をかける。「お願いあります。さっきの、所長との会話、耳に入りました。あの若い男… 推薦したいです」。そう言って、フランチェルはアンセルモを指差す。ポーシャーハーは、振り返ってアンセルモを見ると、「私の所に?」と訊く。「はい」。ポーシャーハーは頷く(3枚目の写真)。そして、家族3人で写真を撮ってもらう。この一家は、3人とも大らかだ。このあと、フランチェルがアンセルモを呼び止め、「君を、収容所から出してやれるぞ。僕は、奴らが、我々にやったことの証拠のネガを持っている。それを、君に隠し持っててもらいたい」。これを聞いたアンセルモは、手を振り払うように去っていく〔これまでのフランチェルの親切な対応からは信じられないような行為→ 説明は全くないが、恐らく父親がグーゼンで死んだことを知り、フランチェルに嘘をつかれたと思って嫌いになった?〕

場面は、夜の館内に変わり、将校の1人が『月光の曲』を弾いている。先回のジョナスの第一楽章が、「美しい海に映える月光」だとすれば、こちらは、「凍てつく海の氷に反射した月光」だ。ポーシャーハーが、ドイツの象徴でもある鷲の小さな彫像をプレゼントに渡すと、大佐の息子ジークフリートは、顔をしかめて受け取り、お礼も言わずに後ろに置く。しかし、父の大佐が拳銃〔ワルサーP38〕をプレゼントすると大喜び。次のシーン。夜の屋外パーティ会場で、アンセルモがグラスの乗ったトレイを持ち、後片付けをしている。そこに、フランチェルが近寄って行き、腕に触れたので、トレイが芝生に落ち、乗っていたグラスが粉々に割れる。アンセルモが、ガラスの破片を拾おうと芝生にひざまずいていると、そこに、ピストルを構えたジークフリートがやってくる。フランチェルは、「坊や、銃、下げて」と言うが、ジークフリートは構わず前進する(1枚目の写真、矢印は散乱したグラス、元々は右端の標的を撃ちに来たのかも)。ポーシャーハーは、止めようと、「ジークフリート」と声をかけるが、隣にいた大佐が手で止める。ジークフリートは、アンセルモ目がけて何度も引き金を引くが、弾は入っていない。そして、恐怖に震えるアンセルモを見て笑い出す。大佐は、「これはオモチャじゃない」と言い、息子から銃を取り上げると、「どう使うか、教えてやる。来い」と命じる。そして、弾倉に8発銃弾を入れると、息子に銃を渡し、木の標的を撃たせる。初めての射撃を片手で行ったので、銃弾は、標的とは方向違いの庭園灯を砕く。その音を聞き、館内にいた将校やその夫人たちが出て来る。その中で、大佐は、今度は息子の拳銃に手を添え、標的の中心に当たる。大佐は、「ハンターは、動く動物を撃つことを学ばんといかん〔動物=囚人〕と言い、ジークフリートは、後片付けをしている元・囚人2人が右往左往して逃げるのを、笑いながら狙う。ポーシャーハーは、「フランツ〔バカ大佐の名〕、その子も十分遊んだろう」と止めに入る。しかし、この “人でなし”大佐は、自分で拳銃を握ると、元・囚人の1人の心臓を撃つ。元・囚人は即死。アンセルモは恐怖に目をみはり(2枚目の写真)、ジークフリートも、自分の持っていた拳銃が人を殺したことにショックを受ける(3枚目の写真)。人でなしは、ポーシャーハーに、「遊びではない。どうやって狩るかを教えているんだ」と言い、息子には、「奴らに惑わされるな。は、人間に似ているが、違うんだ」と、さらに、ナチスの狂った教義を教える。

そして、「これで、どうやるか分かったな」と言い、今度は、アンセルモを狙わせる。フランチェルは、「閣下… この子は… ポーシャーハーさんの採石場で、働くことに…」と何とか止めようとする。人でなしは、「貴様、次の標的になりたくなかったら、邪魔するな」と警告する。ポーシャーハーは、「彼らを養うために大金を払ってきたのに、ハエのように殺すとは…」と、1人殺されたことへの非難を込める。しかし、人でなしは、すべてを無視し、ガタガタ震えている息子に、「自信を持て。恐れるな」とアドバイスする。ポーシャーハーは「その子は、まだ若い。有用な囚人です」と再度注意。人でなしは、息子に向かって「撃て!」と怒鳴る(2枚目の写真)。ポーシャーハーが「1人くらい、残して下さい」と言うと、それを聞いた人でなしは、息子の手から銃を奪い、もう1人の大人の元・囚人を射殺する。息子は、泣きながら逃げて行く。人でなしは、ポーシャーハーの前で足を止めると、「お望み通り、1人残してやった」と皮肉を言う。他人の館で息子の誕生会まで開いてもらっておきながら、この無教養のナチの猿男は、平然として去って行った。フランチェルは、手元にあったネガをアンセルモのズボンのポケットに突っ込み、「父さんのためだ。頼む」(3枚目の写真)と保管を依頼する。

アンセルモは、ポーシャーハーによって 館の隅にある建物に連れて行かれる。暗い階段を一緒に登りながら、「君には、採石工として働いてもらう。無給だが、寝る場所と、外国人労働者の資格が与えられる」と説明する。ポーシャーハーは、2段ではなく、普通のベッドが並ぶ大部屋にアンセルモを案内する。自分用に示された、収容所とは大違いのベッドを見たアンセルモは、柔らかそうな枕に触ってみる(1枚目の写真)。ポーシャーハーが去った後、アンセルモは上着を脱ぐと、採石工の面倒を見ているポイントナーというお婆さんが、「起床の時間よ」と声をかける。昨夜のパーティは明け方まで続き、アンセルモが連れて来られた時には、もう朝日が窓から入ってきていた。アンセルモは、ズボンのポケットからネガを取り出すと、枕の下に隠すが(2枚目の写真、矢印)、それをポイントナーに見られてしまう。アンセルモは、どう説明しようかと彼女の顔を見つめるが(3枚目の写真)、彼女は、何も言わずに作業服をベッドに置いただけで、何も言わない。ベッドに寝ていた青年は、アンセルモを朝食に誘うが、「あの人、信頼できる?」というアンセルモの質問に、後ろから来た別の青年は、「彼女は、僕らの仲間だ」と答える。

映画では、その後、1人の脱走者の絞首刑のシーンが5分にわたって長々と続く。それが済み、それを撮影していたリッケンが、現像室の中で、仕上がりを見ながら、「ブリューゲル〔有名な16世紀の画家〕を思い起こさせる」などと、非道なことを言いながら悦に入っているのを聞いたフランチェルは、置いてあったガラス瓶をつかむと、「あんたは、クソ野郎だ〔Eres un hijo de puta〕!」と怒鳴り、壁にぶつける。「何だと?」。「あんたは、奴ら〔所長たち〕よりヒドい」。「反抗は許さん!」。「人が殺されるのを見るのが、そんなに楽しいか?」。怒ったリッケンは、フランチェルに銃を向ける(2枚目の写真)。フランチェルは、銃身を握ると自分の額に当て、「撃てよ。クソカメラで撮ることしかできないくせに。撃て。引き金を引け」と煽る。そして、リッケンが何もできないのを見ると、銃を振り払い、手で相手の首を押さえ、指で目を潰そうとする。リッケンが倒れると、フランチェルは、机の上の物や、棚に置いてあった物をなぎ払い、板を持つと、ガラス瓶を叩き割る(2枚目の写真)。しかし、その音に気付いたドイツ兵が2人入ってきて、殴り倒され、隔離室に監禁される(3枚目の写真)。

すると、誰もいないハズの部屋なのに、声が聞こえてくる。「空腹とは何か知ってるか? 来る日も来る日も、胃が空っぽになることだ」。フランチェルは、スチーム暖房の下の壁に付いた蓋を剥がすと、そこには直径10センチ弱の穴が開いていて、隣室に監禁されていたバルブエナの顔が見える。バルブエナは蛆虫を食って生き延びたと言い、以前、フランチェルのいる部屋に監禁された男から預かったネガフィルムを渡してくれる(1枚目の写真、矢印)。フランチェルは、囚人服から抜き取った糸でフィルムを縛り、スイッチの切られているヒーターの中に隠す。次のシーンでは、フランチェルが、人でなし大佐から拷問を受けている(2枚目の写真、口から血が噴き出している)。「ネガはどこだ?〔どこかで、ネガの存在がバレた〕。「知らない」。人でなしは、リッケンに、「もし、ネガを発見できなかったら、この紛失の責任は君にとってもらう」と告げる。リッケンも、フランチェルの顔を殴り、「ネガは?!」と訊くが、その迫力のなさに、フランチェルは笑うだけ。真夜中。フランチェルは、拷問室で、天井から吊るされたままになっている。すると、空襲警報が鳴る。それを聞いたフランチェルの独白が入る。「アメリカかロシアかは分からなかったが、ドナウ川の対岸の爆音は天国の音楽のように響いた」〔マウトハウゼンは、ドナウ河畔にある〕。翌朝、フランチェルは拷問室から連れ出され、ガストラックに乗せられる(3枚目の写真)。

トラックは、動き始め、しばらくすると照明灯が付く。トラックがガス室に変わる合図だ。フランチェルは、「ガス、ガス!」と叫び、鼻を手で押さえる。幸い、しばらくすると室内パイプから排気ガスが入ってこなくなる。トラックは収容所外の草地の上で停車する。乗っていた大尉が降りてきて調べると、パイプが外れている。トラックの周りには、爆撃で燃え上がったドイツ軍の車両が点在している。大尉はガストラックの扉を開け、中に入っていた “死ぬはずだった囚人達” を外に出し、ひざまずかせる。1人の囚人が、「今、私達を殺しても意味がありませんよ」と言うと、すぐに射殺する。隙を見て逃げ出した囚人も、射殺。人でなしの部下は人でなしだ。人でなし大尉は、「何か言いたい奴は、他にいるか?」と言いながら、銃を向けながら訊く。フランチェルを見つけた大尉は、「貴様…」と言い、如何にも撃ちそうになるが(1枚目の写真)、すぐ近くに爆撃があり、自分の身が危ないと知ると、しっぽを巻いて逃げ出す。最後の言葉は、「命を助けてやったことを忘れるな」。最低のゲス男だ〔収容所長の大佐が妻と一緒に逃げたのが1945年5月3日なので、この日は、恐らくその数日前であろう(昨夜、大佐は、フランチェルを拷問していた)〕。収容所では、ドイツ兵が次々とトラックで脱出して行き、乗車を拒否された補助看守のボスは、囚人に囲まれてなぶり殺しにされる。誰もいない収容所に戻ったフランチェルは、監禁室に行くと、ヒーターの中からネガを取り出す(2枚目の写真、矢印)。他にも、隠しておいたネガを返してくれる囚人もいる。囚人達は、収容所の門の上に乗っていた “ナチスのシンボル” にロープをかけて引きずり下ろす(3枚目の写真)。その後に、アメリカ軍が入ってくる様子が映される〔1945年5月5日/歴史と違っているのは、3枚目の写真の前に、大佐の全裸死体が鉄条網に掛けられている点。実際には、大佐は、5月23日に発見され、撃たれて重傷を負い、病院で尋問を受け、告白した後に死亡し、その後に、グーゼンの鉄条網に掛けられた〕

フランチェル達はアンセルモと一緒にポイントナーお婆さんの家に行く。お婆さんが出て来ると、アンセルモが抱き着くので、2人の関係が良好だったことが分かる(1枚目の写真)。お婆さんは、さっそくアンセルモを家の裏手の石塀に連れて行く。表面の石を剥がすと、中にはネガを布でくるんだものが幾つか入っている。お婆さんは、それをフランチェルに渡す(2枚目の写真)。こうして、フランチェルが守ろうとしたネガのほとんどすべては、無事に回収することができた。フランチェルは、お婆さんの家の戸口の前で、記念写真を撮る(3枚目の写真、アンセルモの右にいる3名は、フランチェルと一緒に来た囚人)。

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